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三位一体がどうあろうと
国の三位一体がどうなるかわかりませんが、吹田市は吹田市で歳入の確保に頑張らなければなりません。
吹田市の歳入の確保をどうしていくのか聞きました。
三位一体とは何を目指しているのでしょうか?
三位一体とは・・・?
1)国庫支出金を減らす。
(2)税源を地方に移譲する。
(3)地方交付税を見直す。 ・・・ これらをいっぺんに行い、地方分権をすすめる。
【地方自治体の財政は国の援助でやりくりしているところが圧倒的に多い】
地方自治体はどうやって資金を集めて、行政サービスを行っているのでしょう。
それはまずは地方税です。 住民税とか、マンションとかもってる人は固定資産税とか、企業は事業税が地方自治体の財源です。
しかし、これではとても足りません。平均して、必要経費の4割弱しか集まりません。
そこで、国から主に2つの財源が、地方に与えられています。
@【国庫支出金】
これは、国が地方自治体に資金の使い道を指定して与えるものです。
A【地方交付税】
地方公共団体の間の格差をなくすため、格差の解消のために与えられるものです。
過疎の村など、人口が少ないため税収が少なく、たくさんもらっているところもあれば、
東京都そして我が吹田市のようにもらっていないところもあります。
地方交付税は、国庫支出金とは違い、使い道が指定されていません。 ちなみに吹田市はこれまで市民税に支えられて交付税の「不交付団体」で、市独自の費用で多くの事業を行ってきました。
B【国が徴集した税金を自動的に地方自治体に譲る地方譲与税】や、
C地方債(借金)で地方財政はまかなわれています。
@国のコントロールがもろに出てしまう国庫支出金
地方がこれをもらうためには、地方が国に「こういう事業のためにお金が必要です」
とお願いしてもらう仕組みになっています。
実際に予算編成時期になると大挙して地方自治体の人びとが中央官庁や政治家たちに陳情に行く。
国庫支出金をもらうために、お願いをしているわけです。
中央官庁や政治家の裁量や、もっというと感情で地方の事業ができるかどうか決まってしまう。
政治家の中には、「野党に議席をやったらおまえの自治体には補助金をやらん」とか公言する人もいる。
これでは、地方分権など絵に書いた餅です。地方のやりたいことが、国に決定されてしまう。
国のコントロールが強く地方に働いてしまう。そうした問題があります。
しかし、国庫支出金を減らしても、地方税だけでは財政が足りない。
そこで、国庫支出金として国から渡すお金を、地方で税金としてとれるように、
国が徴集している税金を地方が徴集するようにということがいわれるようになりました。
これが「税源移譲」です。
税金徴集権・使用権を国から地方に移さなければ、国庫支出金はへらしたくてもへらせない。
まさに「一体」です。
[地方交付税の問題]
よくいわれることは、「地方が努力しなくなる」ということです。
本来、地方自治の原則からいうと、過疎なら過疎で、税金が足りないなら足りないなりに、
地方が努力しなければならない。
しかし、地方交付税という形で自由に使える税金がやってくる。だから努力しない。
これでは、強い自治体が作れません。努力する自治体は、バカを見る。いくら努力しても、
努力しない自治体にもお金が同じように入ってきます。
国の本音としても、「自動的に地方にまわる特定財源をなくしたい」ということがあります。
地方交付税は、所得税・法人税・酒税の32%、消費税の29.5%、たばこ税の25%が
毎年自動的に地方に与えられるしくみになっています。
このように税金の使い道が最初から決まってしまっていては、国が柔軟な財政政策を行うことが
できなくなるという意味で、地方交付税は減らしてもいいのではないか、ということがいえます。
これをやるためには「税源移譲」が欠かせません。地方交付税を減らしただけでは、地方は困ってしまいます。
【三位一体がうまく行かないことと官庁の縄張り合戦】
構造改革の目玉の一つとして、三位一体改革が行われていますが、なかなか上手くいきません。
@国庫支出金を与える権限を持つ各中央官庁が反対します。
地方への自分たちの縄張りを保っておくためです。
A国の税金をできるだけ減らしたくないという意味で、税金担当の財務省が税源移譲に消極的です。
国税がなくなれば、財務省の権限が、それだけなくなってしまうからです。
税制の縄張りを、今のまま保っておきたいのです。
【地方交付税も「フリー財源」ではない】
地方交付税は総務省による複雑な計算式によって、自動的に地方に与えられています。
ところが、そうではありませんでした。総務省は地方交付税で埋めるべき財政格差を示す指標を、
意図的に操作していました。この自治体には多めに交付するため、過疎の度合いを必要以上に上げて計算するというふうに。
総務省も、こういうことをすることによって、地方自治体を実はコントロールしてきました。
フリーに使えるはずの地方交付税の交付を、意図的に操作して、地方交付税の裁量権を握り、
地方交付税を暗に使い道指定のひもつき財源にしていたのです。
だから、総務省も、自分たちの権限を残すため、地方交付税をあまり減らしたくない。
結果、どの官庁も、自分たちの権限を守るため、三位一体には消極的。そこでなかなか話が進みません。
そして、官庁は自分たちと利害をともにする族議員たちとつるんで、
ますます三位一体改革を骨抜きにしようとしている。
当然、地方分権もいっこうに進まない、ということです。
税源移譲によって地方が自由にお金を使えるようになり、地方のことは地方できめるようになる。
どこかに橋を作るとか、学校を作るとか、病院を作るとか、そういうことは地方が決める。
すると、今まで「この地方に道路を作るため頑張ります!」とかいって票を集めてきた国会議員はいらなくなります。
自然と国会議員は、外交や防衛、国の根幹政策にかかわることを考え、法律を作ることに専念するようになります。
つまり、政権交代だ改革だなどと党中央ではいいながら、各議員たちは地方に利益をこれだけ与えますよ、という選挙がなくなります。 国会議員の選挙は、純粋に国家の基本政策を争点として、争われる選挙になります。
三位一体改革によって、
・地方は自主財源を得て自立し、中央のいうことを聞かなくてもフリーに政策を行うことができる。地方分権が進む。
・国会議員は、これまでの地方の利益誘導型のスタイルから、国家の根幹政策を考えるプロ集団となる。国政選挙は、純粋に国家のあり方について論じる場になります。
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