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第5回 みんなで考えるまちづくり市民会議 会議録
*内容は寺尾が少し加筆しています
日時:2001年(平成13年)10月9日(火)
場所:市庁舎 低層棟3階研修室
参加者 中川会長、永田副会長、浅川委員、竹原委員、巽委員、
田中委員、外柑委員、西田委員、広村委員、山崎委員
傍聴者:4名
A委員
●条例の原案はまだできていない。真野地区の資料を参考に話ができれば。
●公益的な市民団体は二通りある。市民公益活動の促進に関する条例で、活動に対する支援等をこことは別に検討されています。
この(NPO)条例でいう市民公益活動の団体は、個人個人が目的別に結集し公益的な活動をしている団体で、一方のまちづくり市民参加条例でいう団体(まちづくり活動団体)は、地域性、地域コミュニティに密着した公益的な団体
であるという理解が必要です。
●まちづくり条例を理解する上で、吹田の場合は、建築協定や地区計画などの条例が別にあります。都市計画上の地区計画等も連動したまちづくりを想定した、まちづくり市民参加条例が考えられるのではないかと思います。
●人づくりとネットワークづくり、仕組みづくり、具体的にまちを変えていく物づくりの三つの段階でのまちづくりの活動が考えられる。
●住民の中に事業者があって、企筆市民ということになる。
●吹田の場合はシンプルに、頑張っている団体をまちづくり団体とみなすことができるという、見なし規定をいれることも考えられる。
●行政の責任、市民の責任とは何か。それが見えてきたら次にまちづくり活動、あるいは地域のまちづくり団体に対する支援はどのようなものがいいのか。具体的なものに踏み込んで議論できれば。
前回の研究会の報告
E委員
●市民公益活動の促進に関する(NPO)条例とまちづくり市民参加条例の二つの条例が検討されていますが、重なり合い重複して支援するべきではないという話がありました。
●まちづくり団体の認定は誰がするのか。どういう認定の方法があるのか。条例や規則である軽度の基準を定め認否の判断はできるが、全部を判断するというと困難なものもでてくるので、第三者的な機関が必要なのではないか。
B委員
●まちづくり協議会には、地縁組識だけではなしに、ボランティア団体、NPOいろんな団体が入ってやっていかなければいけないのでは。本当のボランティア活動がやりやすい形にしていくのが本来の姿ではないか。
A委員
●自治会がまちづくり団体になるというのではなしに、何かを変えようという整合性のあるストーリーがあって、具体的なモデルプランがあって、実行するという前提がないとまちづくり団体にならないのでは。
●地方自治法で定められている執行機関の意思決定にかかわる仕事に関しては、行政責任である。地域住民そのものの限られたエリアの生活改善そういうものは、行政の責任、あるいは、市民の責任ということになると、どうなるのか。
●まちづくり団体の認定について、行政全てに押付けて、条例で全てを判断するというのはできないので、市長の附属機関として行政に諮問する機関にするのか等も考えられ、市民参加による機関にするべきではないかと考えられる。
J委員
●一方では都市計画マスタープランの検討がされているが、それぞれの所でやっていることが、リンクされていなければうまく機能しないのでは。
A委員
●市全体のマスタープランそういうものを市民参加でやっていこうという流れはある。
T委員
●人づくりは大事であるが、どんな物をどうつくるのか。どんなものというのがわかっていない。それがわかれば吹田市はこういう地域にしたいというのが見えてくる。
B委員
●都市マスの勉強会を地域毎にやって、市民意見を整理したものがあります。今まである条例なども市民参加でやっていて、その条例がおかしいというのであれば、それを直せばいいのであって、それに拘束されてやっていくというものではないのでは。
E委員
●神戸の事例にもあるとおり、最初は人づくりで、そこで行政として必要な情報を提供したり、どれだけお金をかけるのか、これをつくればどういったメリットがあるのか等の情報提供とか、技術的支援とか、資金の支援、人がふれあうような場づくりとかをやっていかなければ、最終的にいいものというのはつくれないのでは。意識とか知識とかというところで、一つの合意をつくれるようなものにしていかなければいけないのでは。
A委員
●まちづくり活動を行うにあたって、客観的な条件が良い所と悪い所、団体として結集し易い所とし難い所がある。こういう偏りというものに直面したとき、公平・平等論で話をすることはできない。ハンディがあっても仕方がない。ハンディがある所はコミュニケーションをどう活発化していくということから始め、それに対しての助成もできると考えればいいのでは。共和主義の理屈で、孤立している所は動かない。自分の時間を割く、体を割くという気持ちがあって、自立性が高い、自治能力が高い、そこに応援するともっと力をつける。そうすると周りに刺激を与える。そういう競争の原理を与えないと、動かないのでは。
J委員
●強い市民はいいが、したくてもできない人はどうするのか。そういう人をどこでカバーしていくのか。
A委員
●そういうものは、福祉の世界でかなり取り入れられるのでは。
B委員
●まちづくり団体の認定とそれができる位置づけをどこでやるのか。それを全て行政がやるのか、あるいは協議会とか、一つの権限なり位置づけがあるのか。自治会のことを言っているが、自治会が関わらずにつくっていくとなれば、この話はどうまとめていけるのかということも含めて、しんどい話なので、本当にやっていけるのかどうかというのが現実では。
A委員
●自治会をまちづくりの担い手であるという積極的な評価をするべきである。
また、まちづくりの責任を自治会に背負わせるということになると、大変な重荷になり、現在やっておられる活動をだめにしかねないということもあるので、分けたほうがいい。だからといって、自治会がやっていることが、住民の自治を担っていないということではない。
●ここでいうまちづくりは、何らかの具体的なハードウェアー、物のかたちを変えていくということを最終的な目標にしていく。まちの環境変化環境改革のための運動の取組みをまちづくりと考えればどうか。
E委員
●やれる所はいいが、やれない所はどうしたらいいのか。弱いなら弱いなりの支援の仕方があるのでは。先ずは、人づくりから始めるlとか。全員が弱いのではなしに、人づくりの核になるような人が出てくると思う。そのあたりのことは、あまり心配しなくてもいいのではないか。一生懸命にやっているところを見て、刺激されやろうという気になることもあるのでは。
B委員
●結果をみないとわからない。最初にできるのは、人づくり。地域の中で人づくりをやっていくのは難しい。指導していかなければいけない。できる所、できない所というのではなしに、どの地域のどういうエリアでまちづくりを盛り上げていくのか。権限を持たしたり、第三セクターのようにきっちりとしたものにしていくのか。
E委員
●行政からの支援というのは、団体に対しての支援ではなしに、こういうことをやるという事業に対しての支援となるのでは。
B委員
●社会的弱者と決めてしまうと、その権利を認めないといけない。最終的には自分の力量とか、自分のできることは何かとかから考えて自助努力から始めると考えられないのか。市民自治に対する支援は、お金だけに限ったものではない、場の支援、人による支援というものもある。足りないところに、足りないものを支援するという考え方でいいと思う。
A委員
●まちづくりをするのに、個人でしかまだ手を上げられない、集まるまでに至らないそういう状態の人をどうするのか。現に活動をされている方々も、その活動が公開されており、情報交換ができるということになれば、この間題は解決できるのでは。
J委員
●行政の責任をきっちりと謳っておく必要があるのでは。
A委員
●無関心これは、市民の責任。一概に整理できないこともあるが、地域で何ができるのか、これからは、行政が決めてまちをつくっていくというものではない。
●まちづくりの進め方ですが、先ず、まちについて考える。次に組織づくりをする次に協議会として認定される、次にまちづくりの構想を提案する、次にルールづくりとして、まちづくり協定を締結(これは法定上の協定ではないので、規制力、実行性がない。)協定とそぐわないものについては、協議をする。この協定よりもより担保性のあるものとして、法律上の制度としての地区計画というものもある。
●ここでいうまちづくりは地権者、家屋の所有者との関わりがでてこないと進まない。
また、制度め壁がある、その壁も含めてまちづくりのイメージをしていくことが必要である。制度上の壁があるということですが、まちづくりを進めていくうえで、構成が変わっていくということも考えられる。大事なことは皆で良いものにしたいということを共有するということ、そういう集団ができ、そういうものに支援する制度である。また、できない人に対しても個人に対する支援で、学習機会を設けるということも必要なのではないか。例えば生涯学習の中で、まちづくり講演ができればいいのでは。個人の自発的な学習の個人に対する支援、集団に対する支援、計画づくり(構想づくり)の支援。そして次に事業推進支援に進んでいくのでは。
●行政に対してやってもらわなければいけないこと、市民がしなければいけないこと、計画づくりは市民の責任、行政が応援に入る、これは市民自治に行政が協働のかたちで参加するということ。反対に都市計画マスタープランができるというときに、行政に対する市民の参加ということで、いろんな審議会に市民が公募で入っていそことなどがある。これは行政への市民参加、この両方の協働をしていくのに必要なのが、公開である。
J委員
●総合計画があって、3年毎に具体化していく、この具体化される段階で市民参加の仕組みをつくっていけばいいのでは。行政は市民の意見を聞きながら支援体制をつくっていくことになるのでは。
A委員
●市全体の未来計画については、行政責任である。総合計画の部門別計画は行政がつくらないといけないと思いますが、地域の計画となると、行政のだけでは、難しいのではないか。
B委員
●地域の総意をもってやっていかなければいけないことで、簡単に認定すると、一部の人がつくりたいということでは、問題があるのでは。
T委員
●例えば、横断歩道を通してほしいという事例でいえば、それは、市民の意見であり、行政が責任をもって許可してほしいと思う。それに関わってくる住民の同意、判こがいるというような、市の姿勢は住民にまかすというところがある。
A委員
●横断歩道がほしいというのが、空間環境を変えるというまちづくり、横断歩道があった場合、なかった場合はどういう問題があるのかという議論のプロセスを経、賛成意見や、反対意見がでるなかでの議論の積み重ねがありコンセンサスの形成が行われるという部分が省かれていたのではないか。そういう意味で、時間をかけてやっていく、人づくりから仕組みづくりを通してやっていけばいいのではないか。
L委員
●関わりをもつものは、徹底できる。行政もこういった問題に出てこなければいけない。行政が地域住民に、判こを押してやってくださいというのは、どこか逆転している。その逆転を元にもどしてやていこうというのが、ここでいうまちづくりでは。先ほどの例でいうと、横断歩道がほしいというのがまちづくりの出発点であり、絶対に正しいと思い込んで、それを確認する。最適に時間をとってやるというのは、行政の窓口を通してやってしまうということでもない。困る人がでてくるかもしれないということもある。
E委員
●反対意見が出たときに、行政が困るから判こをもらってきてくださいという話になる。
A委員
●そこに行政がでてくるのは、まだ早いのではないか。
E委員
●まちづくり協議会があって、その中で話し合いが行われ、それを最初から行政が見ているということになれば、判こをついてくださいということにはならないのでは。
A委員
●その時に行政をもってこれない。自治会長さんにということになっている。それぞれが、そういうことを議論できる、反対意見が言えてシュミレーションできることが状態を先ずつくることがまちづくりではないか。自分達で議論をするというべ−スができていない。
B委員
●車が、市の歩道に乗り上げて駐車して困っているという問題で、これをできないようにするために、管理者である行政に申請をした。申請をするときに周りの人達の同意が必要であるということで、連合自治会長さんの判こを求められた。
A委員
●そういうことで、判こをもらってくださいというのが正しいのか。
B委員
●本当に道路に関係する人が自分達で議論ができる場があれば、そういう場をつくるのは、行政の仕事ではないから、我々の方で考えなければいけないと思う。
A委員
●自治会の判こをもらってきなさいというのは、自治会を公的団体として、全員のコンセンサスの象徴として認めているというのが、行政の姿勢になっているのでは。そういうことになると、自治会に入る入らないは大変ややこしい問題になります。まちづくり団体は自治会とちょっと違うということになるのでは。
J委員
●行政が請け負う。どういうものを、つくればいいのかということを市民の意見を聞くということがないから、市民の目線のものではなくて、行政が今までの経験でつくってしまいます。こういうことを止めさせなければ。
A委員
●市民の側も方向性を決めるのに、てをぬいている。行政側も任されることになれきってしまっている。まちづくり条例をつくることによってどう変わっていくのか。
●行政が意思決定して任せていいものか。任せることが心配なのか。その方が助かるのか。
●行政の管理している財産、ハード、仕組み、規制、権利を制限する、義務を課す等こういったものは、行政の責任。市民の全部に開かれた財産を市民では管理できないから、行政が代わって管理している財産というものもある。例えば、病院、図書館、公民館、道路等皆さんの変わりに国、府、市が預かっている、管理している財産。この部分については、行政責任。
B委員
●今の行政は、管理責任が、所有者責任であるかのごとく、そこにどう細工するかということを決めているので困る。
A委員
●行政が管理している市民の共有財産については、市民参加しないといけないというのが、行政に対する市民の参加。審議会の公開、委員の公募とかがある。ところが市民自治でやっている部分、部落有財産であるとか、市有地であるが皆さんに使ってもらっているというもの等、そういうところに行政は全然関わりませんということでいいのかということになると、違うと思います。そういうところに、行政がアドバイスをしたり市民、地域社会にも行政が関わる。行政がお手伝いをする0これは相互乗り入れではないか。
●自治会排除論ではなく、自治会は大事だけどもそこにどんどん負担をかけても、自治会がつぶれてしまう。
●行政にもどんどん参加していく、そういうことの力をつけるためには、シュミレーション、イメージを持って議論していくことが必要。市民社会に行政がいかに参加しているのかが、この条例ではないか。
E委員
●審議会、行財政のあり方について、地域の活動について等、いろんなものを公開して、その説明責任を果たし、そういったなかで行政は、地域に委ねていければ、行政は良い決定ができるのでは。行政と地域の意識が変わらなければいけないのでは。
A委員
●まちづくりの話をする基盤が、面識的コミュニティというか、顔の見える範囲であれば話し合いを繰り返すこともできるし、問題に対しての様々な解決方法が考えられる。そういうものを土台としたまちづくりを考えれば。
B委員
●地縁的な組織と目的別の組織がNPOとの分けかたとするのか。例えば景観をよくするという目的で、道路の沿いの景観を考えた場合、地縁的な組織になるのか、目的別のものになるのか。
A委員
●そういった場合、建築主、施工主の協力を得る必要がある
B委員
●市民会議の議論はどういう形にして、提言としていくのか。
A委員
●会議録をもって、提言としていけるのでは。反対に議論してほしいということがあれば、研究会の方にかえしていくこともできる。
C委員
●情報公開されて、同じような計画が出されても審議されるのか。どういうものが認定されるのか。知識のない中でやっていくとすれば、真似るということも考えられるのでは。
A委員
●団体として計画を真似るというより、本当にどう変えていきたいのかというのが大事なのでは。
●次回の市民会議では、資料をもう少し精密にしていただく。
●規制の制度とジョイントする時に、どう考えるのか。
●最終はハード、ハードウェアをどう変えていくのかということにつなげていく。事業を起こす計画をつくり、執行していくというところまで、助成の機関が続く。
●ここでいうまちづくりは、人づくり、仕組みづくり、ものづくりの3段階ある。特に人をつくるというのは、個人に対するの支援も含む。個人に対する支援は、まちづくりに関する情報提供、学習機会の提供。
●自立できないハンディを持った人にどうすべきかということは、部門別にみれば、福祉の面、健康の面、医療の面でもある。いろんな分野で行政の責任として由り組んでいる。その中で地域の責任を考えていけば。ここでの議論は、まちを変えていくために、個人に対して応援をしていくということに絞っていけばと思う。
●今以上に自治会に負担をかけるのがいいのか、まちづくり団体になってくれる可能性があるのかないのか。
●自治会に加入しないという人もあるし、まちづくり団体は誰でも入れるという開放的な団体になる。一方自治会は世帯単位で加入ということなど性質の違いがある。市民自治の領域であるけども、扱う事業が違う。
●地域のコミュニティべ−スのまちづくりは、様々な都市計画法上の規制等があるにせよ、最終的には市民の責任というのを確認し、そこにいかに行政の参加と協働と支援が働くことにより、もっとそれが活性化し変わっていくということを想定し、この条例を考えていく。
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